旨い純米酒と素晴らしい居酒屋のご紹介
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2009/03/11(水)
意味もなく、蕎麦屋の系譜。何となく「藪そば」。

江戸中期、雑司ヶ谷鬼子母神に人気蕎麦店「爺が蕎麦」があり、これが竹藪の中の百姓家だったから藪と呼ばれるようになったのが”藪そば”の最古の呼称だとか。

現在の藪そばのルーツは、江戸幕末創業の「団子坂 蔦谷」にたどり着く。

・(江戸末期)旗本の山口伝次郎がそば職人に転身し、三輪姓に改めて開業したのが「団子坂 蔦谷」。地名が、藪之内藪下だったとか。
・(いつしか)藪そばと呼ばれるようになり、明治初期?神田連雀町(淡路町)に支店を出したことで、「団子坂 藪蕎麦(本店)」を称するようになる。
・(明治13年)浅草で砂場系蕎麦屋「中砂」を営業していた堀田七兵衛が、神田連雀町(淡路町)の支店を譲り受け、「連雀町(淡路町)藪蕎麦」を名乗り営業。
・(明治30年代)「団子坂 藪蕎麦(本店)」が三代目の時に廃業するのに伴い、堀田七兵衛が藪蕎麦本店の看板を引き継ぎ、現在の藪蕎麦総本家「かんだやぶそば」に至る。
(藪と砂場は、そのルーツで関係があったとさ。遠い親戚みたいなもんだ。)

「かんだやぶそば」から暖簾分けされた直系の店として
・明治25年?創業の「上野藪蕎麦」 と
・明治37年創業の「浜町藪蕎麦」 がある。

・総本家「かんだやぶそば」は、七兵衛の長男が引き継ぎ、
・(大正2年)七兵衛の三男 勝三が分家して浅草「並木藪蕎麦」を起こし、さらに、
・(昭和29年)勝三の二男 鶴雄が「池之端藪蕎麦」を開業。
「かんだ」「並木」「池之端」を藪御三家と呼ぶそうで。

もちろん、御三家や直系店以外にも多くの藪系の蕎麦店があり、それらで構成する「藪睦会(やぶむつみかい)」なるものもある。(こちらをどうぞ → 藪睦会

「池之端藪蕎麦」は後進の育成にも秀でていたようで、静岡県島田「藪蕎麦 宮本」などの名店を生み出しているそう。
特に「竹やぶ 柏本店」の阿部 孝雄氏を輩出した事は大きく、阿部氏のもとから幾多の蕎職人が育ち、藪系の中でも”竹やぶグループ”ともいえる集団を作り出しているみたい。

と、藪蕎麦のサーベイをしたところで、親爺は「並木藪蕎麦」しか行ったことがありません。
あしからず。今度どっか行ってみよ。

藪の系譜2

補)白金「三合菴」の加藤氏 と 恵比寿「玉笑」の浦川氏 は文献により氏名の漢字表記が異なっていました。今回の表記が正しいかどうかはわかりません。

参考文献:
・岩崎 信也 著 『蕎麦屋の系図』 (光文社新書)
・古川 修 著 『蕎麦屋酒 ああ、「江戸前」の幸せ』 (光文社新書)
・一個人編集部 編 『一個人特別編集 こだわりの本格蕎麦』 (KKベストセラーズ)
・『dancyu 2005年12月号 「そば」最強60店』 (プレジデント社)

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