旨い純米酒と素晴らしい居酒屋のご紹介
--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011/08/14(日)
岩手県のほぼ中央、盛岡と花巻の中間に位置する紫波町。紫波(しわ)と読みます。

足利家氏が陸奥の斯波郡を所領とし、高水寺城に拠って斯波(しば)の姓を称したのが、高水寺(奥州)斯波氏の始まりです。
御殿跡
 (現在は、桜の名所:城山公園として整備されている高水寺城跡。↑写真は、紫波町観光交流案内から借用。)

(地名の)斯波は志波とも志和とも書きましたが、斯波詮直(あきなお:この人の代で高水寺斯波氏は滅びる)が北上川遊覧の際、川底の赤石に陽が射し紫色に輝く川波を見て、
 ~ けふよりは 紫波と名づけん この川の 石にうつ波 紫に似て ~
と歌に詠み、斯波の地名を「紫波」に改めたそうですよ。

その古い歴史の地に蔵を構える「吾妻嶺酒造店」。(↓写真も、紫波町観光交流案内から借用。)
吾妻嶺
このお蔵さんの歴史も古い。

高島商人(近江商人。滋賀県高島町付近の出身で、複式簿記などの商業技術を持った商人)の話になる。
その祖(高島商人第一号)とも言える、村井新七が遠野に来たのが慶長15年(1610年)。
当初は、砂金集めをしてたらしい。やがて盛岡に移り「近江屋」として商売を始めて成功。
(当時、近江商人の屋号は、近江屋・井筒屋・鍵屋のどれかと決められてたそうです。)

~吾妻嶺酒造店の歴史~
寛文2年(1662年)、同郷の小野権兵衛が、先輩の新七を頼り、盛岡にやって来ます。
 権兵衛は、およそ10年、新七の下で木綿や小間物の行商をして商売の腕を磨き、
寛文7年(1667年)、志和郡山(現:紫波町日詰)に自分の店「志和近江屋」を構えます。
 当初は、やはり木綿や古着・小間物などを商っていましたが、
延宝4年(1676年)、八戸藩庁に酒造業と質屋の営業を願い出て、許可されます。
延宝5年(1677年)、岩手で初めて上方流の“澄み酒”(透きとおった清酒)を製造・販売。
 当時、南部では濁り酒(どぶろく)しかなかったので評判になり、一気に財を成します。
 このため、権兵衛の志和近江屋は「権兵衛酒屋」と呼ばれるようになります。
天明元年(1781年)、権兵衛酒屋は、「志和酒造店」として受け継がれ、
 それが今日の「吾妻嶺酒造店」へと繋がっているそうです。

~南部杜氏の誕生~
権兵衛は、大阪・池田から上方杜氏を招き、上方流の澄み酒(清酒)を造らせたのです。
やがて、上方杜氏の下で働く地元南部の人間も醸造技術を身につけた者が出てくる。
一方、近江屋は大繁盛で分家(井筒屋)も出しますが、それでも造る酒が足りず、不足分を付近の農家に委託して造らせるようになります。「引酒屋(ひきざけや)」の誕生です。
引酒屋は、農閉期の副業として酒を造りますから、農家の主人が杜氏がわりです。
そこで近江屋は、酒の品質維持のため、農家へ上方杜氏の巡回指導を始めたのです。

こうして志和近江屋(権兵衛酒屋)周辺の農村は、清酒(澄み酒)醸造技術&杜氏としてのノウハウが蓄積され、南部杜氏を生み出す土壌が培われて行くことになるのです。

つまり、吾妻嶺酒造の前身である権兵衛酒屋が南部杜氏の生みの親という事です。


あ~~、長すぎましたね。
あづまみね 純米吟醸 美山錦 生 22BY(1) このお酒を紹介するつもりが・・・。

ネタに行く前に、前フリで力尽きましたので、この続きは、明後日。。すみません。
長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


 ↓↓ ポチっ ポチっ と ↓↓ ついでにポチっ と ↓↓ ご声援頂けましたら幸いです。
にほんブログ村 酒ブログ 日本酒・地酒へ 人気ブログランキングへ
コメント
この記事へのコメント
 うーん…
いつもいつも親爺さんの考察の深さには脱帽です!
お酒のレビューなしでも十分楽しませていただきました<(_ _)>
2011/08/14(日) 10:02 | URL | ゆじゅパパ #-[ 編集]
読み応えのある前フリ、勉強させて頂きました。
本ネタも期待しております!
ランナー撮りがいい感じです♪
2011/08/14(日) 11:07 | URL | dians #lwtwWvdg[ 編集]
ついに二部構成標準化ですか^^

いつもにも増して詳細な前フリ。
南部杜氏もただ漠然としか知らなかったので、この成り立ちは勉強になりました。
そのお酒にある背景を知って呑むと、また一味違いますからね。

2011/08/14(日) 11:56 | URL | ノミ太蔵 #bBmFigmc[ 編集]
いつも勉強になりますm(_ _)m
そろそろ本を出版じゃないですか?(^0^)/
なんか!そうなりそうな気がします~.
そのうち、オファーがくる???
2011/08/14(日) 12:11 | URL | Sakezukibito #-[ 編集]
お褒めの言葉、ありがとうございます。
たいした考察はしてませんので、恐縮ですが。
紫波は、何て読むのだろう→しわ・シバ→斯波氏と関係ありそうだ→
近江屋→簿記のほか、特殊技能をもった商人集団→薬・砂金・他には?→
の2つの流れが、うまく合流しただけです。
2011/08/14(日) 12:40 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
> ランナー撮りがいい感じです♪
写真を褒められたのは、初めてのような気がしますね。
ランナー撮り、免許皆伝とは行かずとも、目録、、ぐらいでしょうか?
2011/08/14(日) 12:42 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
> ついに二部構成標準化ですか^^
前にも、二部構成、やってますか?? いかんですねぇ、話がいつも長くて。。
その割には、本文が大したことないんですよね。すんません。
2011/08/14(日) 12:43 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
sakezukibitoさん
岐阜のお酒の事は、よ~~く勉強しておいた方がいいですよ。
sakezukibitoさんの場合、直接、蔵元さんから歴史とか、蔵の目指す方向とか、、いろいろ聞けるだろうから、羨ましいです。
2011/08/14(日) 12:45 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
こんにちわ~♪

親爺さまのブログにお邪魔すると
本当にお酒が飲みたくなります(笑)

下の記事の北千住にあるお店
私も北千住はたまに行きますので
今度「やきとり 石井」さんに行ってみたいです♪
2011/08/14(日) 15:59 | URL | マムチ #-[ 編集]
南部杜氏発祥の地、
南部杜氏伝承館がある石鳥谷だと思っていました。
もちろん伝承館入りましたよ。
建物は凄い立派です。
2011/08/14(日) 16:59 | URL | 年三 #-[ 編集]
東砂銀座とか、北千住とか、、行動範囲に近いものがあります。
北千住を探索の際は、ぜひ、親爺に露払いをお申し付け頂きたいと存じます。(笑
2011/08/14(日) 21:18 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
石鳥谷で、正解ですよ。
紫波も石鳥谷も、今は、隣町になってますが、
文中に書きましたように、権兵衛酒屋の周辺の農村が南部杜氏の発祥地ですから、
石鳥谷も同じです。
2011/08/14(日) 21:21 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
こんにちは♪
前フリで力尽きるって
すごいわ~♥
勉強になります♪(^u^)
2011/08/15(月) 16:37 | URL | ヨシ #JalddpaA[ 編集]
すんません。。夏バテもあり(?)、前フリで、、ダウンしました。。
2011/08/15(月) 21:45 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
また、1つ勉強させていただきました。
ぜひ、出版して下さいね~。
復習出来ますので。(笑
ぽち~ん。
2011/08/15(月) 21:48 | URL | RYO #YrGnQh/o[ 編集]
RYOさん
親爺は、自分の足でお蔵さん巡りをしてるわけではないので、、とても本なんかには、なりませんよ。
でも、最近のネット時代は便利ですね。
図書館に行って、あの本・この本・そっちの本、、、といっぱい借り出さなくても、たいていの事は、指先一つのクリックで分かっちゃいますもんね。
2011/08/15(月) 22:24 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
前フリ、相変わらず凄いUPですね。
「あづまみね」親爺さんのご感想楽しみにしてますね♪
勝手に想像。★3つ?
2011/08/15(月) 22:25 | URL | namesan56 #-[ 編集]
毎度毎度、長い前フリで申し訳ございません。
しかし、★の数、するどいです。。(笑
2011/08/15(月) 22:34 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
いつもながら素晴らしい画像と見識深い文章に感服です。
これからもご指導宜しくお願い致します。
2011/08/15(月) 22:48 | URL | 四十代 #aO7ArIDQ[ 編集]
南部杜氏の話,なかなか深いですね。
まったくもって初めて聞きました。
明後日,よろしくお願いします。
夕方,連絡いたします。
2011/08/15(月) 23:00 | URL | 星矢馬鹿酒 #Y17400wE[ 編集]
南部杜氏!発祥蔵なんですね
いつも、勉強させて頂いてます

お味は?次の記事に行きまぁ~す
2011/08/16(火) 07:18 | URL | へーすけ #LkZag.iM[ 編集]
> これからもご指導宜しくお願い致します。
・・・ご指導だなんて、、とんでもございません。
こちらこそ、どうぞ、お手柔らかにお願い申し上げます。
2011/08/16(火) 21:44 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
子の杜氏の話しは、深いですよ。。
この続きが、まだまだあるのです。
吾妻嶺とは関係なくなってくる(社会学的な話になってくる)ので、止めましたが。
2011/08/16(火) 21:46 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
へーすけさん
南部杜氏の基は、こういうわけです。
では、なぜ、季節労働者のように、他県の酒蔵に出稼ぎに出るようになったのか。
これは、もう、立派な学問の領域のように感じましたよ。
2011/08/16(火) 21:49 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
南部杜氏さんってそういう経緯で。
全く歴史に興味ないけど面白く熟読ませていただきました。
日本酒発祥の地奈良・・・古の大和の地から各地へ波及していったわけですね。
それにしてもお百姓さんまで造っていたとは凄い(笑)
ある蔵元さんに聞いたのですがお蔵さんってその地の庄屋さん(地主さんって何て言ったっけ?)や
商いでで財をなした方々が始めたところが多いって。
そこのお蔵さんは農家だったそうです・・・残念ながら岩手じゃありませんが。
昔読んだ『蔵』の世界が脳裏に浮かんできました。
昔は寒造りが基本だったのでしょうね。
そうなると寒い地域は長い間酒造りが出来ますが、温暖な地域は限られてくる・・・その時期だけ出稼ぎ?
上のお返事から想像してみました。
他の三大杜氏さんのも是非お願いしますm(__)m
トリプルポチっと☆
2011/08/17(水) 08:11 | URL | あみりん姫 #-[ 編集]
あみりん姫さん
> ある蔵元さんに聞いたのですがお蔵さんってその地の庄屋さん(地主さんって何て言ったっけ?)や
商いでで財をなした方々が始めたところが多いって。
・・・その通りです。
酒造業は、当時にしてみれば装置産業で資本を必要としますから、大金持ちでないとできません。
また、当時のお米は貨幣としての役割もありました。その貨幣たるお米を大量に集める事が出来るのは、やはりお金持ちという事になります。
2011/08/18(木) 09:12 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
最近、親爺さんの紹介するお酒は
初めて耳にする日本酒が多くて
とてもタメになります。
★4つとなると興味も沸いてきて
購入意欲を抑えるのが大変。
2011/08/18(木) 10:40 | URL | としまっちゃん #-[ 編集]
最近は、なるべく知らないお酒を呑む時期と知ってるお酒(安心して美味しいお酒)を呑む時期が周期的にやってきます。
でも、最近の地酒は何を呑んでも旨いですね。
ホント、日本酒黄金時代だと思います。
2011/08/18(木) 15:03 | URL | 酒呑親爺 #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://yoshiyukita.blog32.fc2.com/tb.php/487-d562f795
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。